先頭は181-105、最後尾は181-43ではなかろうか。
105番の白縁ヘッドライトがかっこいい。
161系オリジナルの面影を残す40番台は「とき」の象徴でもあった。
161系は151譲りのロングスカート、横長タイフォンとは違って、さしずめミニスカートのお転婆娘
と言ったところか。
じゃあ100番台は・・・そうねぇ、少女のあどけなさを残す若い娘ってところかな。
あっ151系は、もちろん不良娘(ロングスカート=不良)???古いっ・・・。
特別急行「とき」が上野に向けて旅立ってゆく。
1976年8月 長岡駅。
181系「とき」、カッコいいですね~♪晩年はグリーン車の
車高が普通車よりも高く、編成美を崩していたので、この画像の
12両編成は車高が揃っていて見映えが良いですね。
現在、大宮の鉄道博物館に展示されている161系は、運転台上に
ライトがあります。現役末期の頃しか憶えていないんですが、
ボンネット「とき」の運転台上にライトがあった車両を見たことが
ありません。説明によれば、登場時を再現したとのことですが、
う~ん・・・・
現在もボンネットは毎日上越線を走っています・・・・「能登」で。
真夜中で撮影には向かないんですけどね(爆)
三男坊さん。
181系の屋根上ライトは、あずさとの共通運用になり、
中央線のトンネル限界からの関係で撤去されたと聞いております。
161系の落成が1962年から1965年で、あずさの運用開始が1966年
数年間は屋根にライトを載せ走っていたのでしょう。
もちろん、自分は生まれてはいますが記憶がある年齢ではありません。
屋根上ライトは交流電車だけなのだと写真を撮り始めた当時は思っていました。
そういえば、上沼垂に45番が置いてありましたが、すでに屋根上ライトはついてました。
サロ1000番台・・・。
あれは残念でしたね。
それより、絵入りヘッドマークになったときの驚きは今でも忘れません。
当時、情報網は持っていたのですが、というか絵入りの情報は重要ではなかったのか、突然の出会いでした。
水上の鉄橋の下り定番で遠まきに見たヘッドマークがなんか変?。
よりによって、正月「鉄撮り初め」で出会ってしまったのですから。
その時も、夜は石打でしたが、終始話題は絵入りデザインのことでした。
文字だけそして漢字が入った「とき」が良いです。今も昔も。