いいでざおうだったっけ。

久しぶりの更新です。

またまた1979年の画像から。

天気が良くない日だったことだけは覚えている。実はこの後ある列車を烏山へ追いかけたのだが、イベント列車でつまらないので割愛。

今日の2枚は行きがけの駄賃ともいえるもの。

電化区間を往くDC、長編成に長距離・・。今では考えられません。

こちらは大相撲地方巡業用の仕立て列車。

グリーン車は協会関係者や横綱などの関取上位が鎮座し後ろは・・言わずもがな・・・。

1979年7月。   東北本線。

2321ㇾ。

列車中央に見えている建物は上尾高校の校舎。

その上尾高校に通っていた友人が言っていた。高校脇に新駅が出来るらしい・・。結局卒業してから暫く経った1988年にすったもんだの末開業となった。駅周辺の開発が進むとこの撮影地も撮れなくなり、今此処へ立つことも許されないような密集した住宅地に変わってしまうとは当時は想像もつかなかった。

1979年6月   高崎線。

初夏の岩原。

田植えが落ち着き風の温度が変わる頃。

今でもこの季節の岩原が大好きだ。

茶色もクリームも赤も緑もオレンジも何にもなくたって・・・岩原のカーブ、その線形は今も昔も変わらない。

眺めているだけで素敵な場所です。・・ネタものがあるときは絶対近寄らないけどね・・・。

1979年6月   上越線。

マルスの想い出。

1986年の冬の旅、帰りの切符の乗車変更をしてもらったのが此処川湯駅。当時はもちろん駅員も常駐していた。

今のパソコンとは違いアナログなマルスをパタパタと小気味よくめくっていたことを懐かしく想う。

小雨降る朝早い駅舎は待合室に電気も燈ることなく唯閑散としていた。

2020年9月17日   釧網本線。

常紋越え。

お恥ずかしながら常紋初撮り。

DD51もキハ82も全然撮ったことがない、何せ初めての訪問。キハ82の「おおとり」や「オホーツク」には何度も乗ったことがあるんだけどね・・・。

生田原からの林道は途中ぬかるんでいたりでライン取りが楽しい林道ラン。有名な146キロポストに着くと何人かの鉄の方々が・・。

「すみません何か来るんですか?」

「貨物来ますよ、もう10分ぐらいしたら来ますよ~」

直前に内地ナンバーの車で現れて情報も何もない自分はたぶん変な目で見られたのだろうなぁ・・・。何はともあれ初めての峠でした。

帰り道、金華へ向かうトンネルの頂上辺りであろう場所で林道脇に車を停める。

タコ部屋労働で亡くなっていった人々に手を合わせ山を下りた。

2020年9月15日   石北本線。

美幌峠の灯と。

雲の多い夕暮れだったから・・。ゆっくりと独り一献傾ける・・・。

気がつくと湖の傍のテントの上には突然の星々が。

あの頃の色々なことが去来しグラスにその分のウイスキーを注ぎ居る。

北の大地での静かな夜の静寂に北斗の輝きが心のざわめきを癒すよ。

口ずさむのはあのメロディ・・そうして眠ってしまおう・・・。

2020年9月16日   北海道。