事前にある程度目ぼしをつけていたのだが、やっぱり気持ち良いねぇ。
河原にスタンバイしてコンロで湯を沸かしカップラーメンを食べる。
初めて見る旧国。かっこいいねぇ。
天気は最高!。
おなかも満たしたし次行ってみよう。
1981年8月 飯田線 田切~伊那福岡。
社会人になり初めての夏休み。
確か5日か7日間ぐらいだったのだろう。
6月に免許を取り、鉄ではない友人の車で野宿の旅に出たんだっけ。
16号で八王子へ出て中央高速、勝沼までしか開通してなく、その後下道で伊那谷に入ったと記憶している。
甲府昭和から飯田方面はこのすぐ後に開通するのだが、まだこのときはそんな感じだったと、
甲府昭和と勝沼の開通はたぶん最後だったのでは・・・。
駒ケ根の大田切川の橋の下、時又の天竜川の河原、中部天竜駅、東城付近のどこか・・・。
なんとなく野宿した場所を覚えている。
初めての飯田線ということもありとりあえず全線を見渡して、ロケハン半分ドライブ半分というところだったようだ。
有名撮影地といっても、鉄の姿はほとんど見かけず楽しい旅だった。
その後、飯田線は結構通うことになるのだが、南部へ行ったのはこの時だけだった。
天竜峡から中部天竜に至る道々の細さに驚いたのも良い思い出。
此処が国道?・・・。断崖絶壁怖ぇ・・・。
とりあえず何枚か掲出します。
1981年8月 飯田線 為栗~平岡。
ゴハチの90番が牽くイベント列車だったような・・・。
上野口から上越線に入ったのだろうけどどこまで行ったのか・・・。
下りは新清水突っ込み、上りは旧湯檜曽駅構内で撮ったんだけど天気が悪かったなぁ。
上りの写真は以前掲出してました。
土合駅のファーストベースって何だろう思い出せない・・・。
1980年8月 上越線 湯檜曽~水上
土合駅
亡くなった父親はよく海釣りに来ていた。
真鶴に定宿がありそこから船を出していた。
一度一緒に海に出たが船酔いでダウンしたのを覚えている。
このときは、父親は釣り、自分は鉄だった。
宿で出される海鮮船盛に舌鼓を打ったのが思い出。
宿の前に井戸がありその名も井戸端という民宿。
今もあるのかなぁ。
1980年8月 東海道線 真鶴~根府川。
821Mで宮原から籠原、籠原から高崎へ。
さらに高崎から723Mに乗って岩原スキー場前。
歩いて最初に来るのは此処。
今風に言うとルーティン。
次々に来る列車たち。
此処で撮り終えると陸橋を跨ぎ新日本スキー場から脇道に入り定番アウトカーブへ。
防寒長靴、オーバーズボン、スパッツで歩く冬の岩原でした。
1980年2月 上越線 岩原スキー場前~越後中里。