マルスの想い出。

1986年の冬の旅、帰りの切符の乗車変更をしてもらったのが此処川湯駅。当時はもちろん駅員も常駐していた。

今のパソコンとは違いアナログなマルスをパタパタと小気味よくめくっていたことを懐かしく想う。

小雨降る朝早い駅舎は待合室に電気も燈ることなく唯閑散としていた。

2020年9月17日   釧網本線。

常紋越え。

お恥ずかしながら常紋初撮り。

DD51もキハ82も全然撮ったことがない、何せ初めての訪問。キハ82の「おおとり」や「オホーツク」には何度も乗ったことがあるんだけどね・・・。

生田原からの林道は途中ぬかるんでいたりでライン取りが楽しい林道ラン。有名な146キロポストに着くと何人かの鉄の方々が・・。

「すみません何か来るんですか?」

「貨物来ますよ、もう10分ぐらいしたら来ますよ~」

直前に内地ナンバーの車で現れて情報も何もない自分はたぶん変な目で見られたのだろうなぁ・・・。何はともあれ初めての峠でした。

帰り道、金華へ向かうトンネルの頂上辺りであろう場所で林道脇に車を停める。

タコ部屋労働で亡くなっていった人々に手を合わせ山を下りた。

2020年9月15日   石北本線。

美幌峠の灯と。

雲の多い夕暮れだったから・・。ゆっくりと独り一献傾ける・・・。

気がつくと湖の傍のテントの上には突然の星々が。

あの頃の色々なことが去来しグラスにその分のウイスキーを注ぎ居る。

北の大地での静かな夜の静寂に北斗の輝きが心のざわめきを癒すよ。

口ずさむのはあのメロディ・・そうして眠ってしまおう・・・。

2020年9月16日   北海道。

ミヤハマの季節。

名残の夏にミヤハマを想い出した。

宮浜川の土手の道はあの頃と違うコンクリートの狭い流れに変わってしまっていたが、眺める先にはやっぱり列車は通っていた。

今は誰もいない土手の道・・。

あの頃は無かった僅かに茂る木々のほんの少しの陰に身を寄せて列車を見送る。

そうして・・ミヤハマの季節は通り過ぎていくよ・・。

本当はずうっと前から・・・。

ふらりと寄ったミヤハマの空に想いを馳せて・・・。

・・・なるほど想い出すのはゴナナだったりして・・・。

季節は違えどもおんなじ場所でね。

2020年9月4日

1976年3月     東北本線。

夏の終わりの汗かく昼下がり。

懐かしい景色の合間に改めて線路が見える場所を探してうろうろしている。

滴り落ちる汗に何度額を拭ったことか。

気が付くと稲穂が色を変え始めている。もうそんな季節かと・・・。

コンビニに寄って何本目の飲み物だろうか・・。

日陰で一息つくとやがていつもと同じように列車がやってきた。

2020年8月20日   信越本線。

本線を往く。

信越本線。

今では上野から高崎、長野、直江津そして長岡、新潟の一本ではなくなってしまった本線。

碓氷峠は無くなり、そしていくつかの3セクのバラバラになってしまった線路。

線路は続くよどこまでも・・・。昔の詩になってしまった本線に国鉄時代の生き残りが通り過ぎる。

2020年8月20日   信越本線。

晴れの陽の朝。

国上から弥彦そして角田の懐かしい山々。

西蒲三山と言われる下越の海沿いの山々。良寛さんで有名な場所でもある。

去年の4月以来訪問の越後線。昨今、鉄と地元とのトラブルが色々とあったようで、そうなると会いたくない同業者が増えているわけで足が向かわなかった。

元々お立台と呼ばれるような撮影地には近寄らないようにしているので心配いらないと言えばそれまでだがなんとなく興醒めしている自分の思考はそんな中で一歩引いてしまうのは今も昔も同じな訳で・・・。

誰もいないところと言えばある意味都合が良いのは分かっているのだけれどね・・・。

2020年8月20日   越後線。

黄昏迫る頃。

予定していた撮影場所では野焼きをしていてけぶっていた、駄目だ・・・。急ぎ車で追い立てられるように小出を発車しているる列車の先を求め移動した。

そうだ大きなカーブの側面に陽があたるのでは・・。

ススキの穂が出始めたカーブの先からタイフォンひとつ列車が現れた。

撮影が終わると山の湧水を一口・・。

さぁ素敵な水は飲みすぎないようにして今夜の一献に備えよう。随分暑い日だったから・・・。

2020年8月19日   只見線。