ミヤハマの季節。

名残の夏にミヤハマを想い出した。

宮浜川の土手の道はあの頃と違うコンクリートの狭い流れに変わってしまっていたが、眺める先にはやっぱり列車は通っていた。

今は誰もいない土手の道・・。

あの頃は無かった僅かに茂る木々のほんの少しの陰に身を寄せて列車を見送る。

そうして・・ミヤハマの季節は通り過ぎていくよ・・。

本当はずうっと前から・・・。

ふらりと寄ったミヤハマの空に想いを馳せて・・・。

・・・なるほど想い出すのはゴナナだったりして・・・。

季節は違えどもおんなじ場所でね。

2020年9月4日

1976年3月     東北本線。

きのこクーラーの離合と。

大好きな「とき」。

ダイヤを見るとここいら辺ですれ違うはず。

いまでもかろうじて当時の雑木林の面影が残る区間。今ではだいぶスカスカになってしまったが当時はもっと鬱蒼としていた。すでに午後の遅い時間でないと181同士の離合は無かったように思う。その後何度か通ったがロクな写真は残せなかった。

何せ藪蚊が多くて難儀したよ。

で振り返ると通り過ぎる「とき」後追い。

1979年4月   高崎線。

あの頃は。

数年前に上越線の水上方から115系が無くなる頃、此処の俯瞰が出来る撮影場所から眺めた農家の佇まいは随分と綺麗になってしまっていた。かなり前に建て替えられた母屋のことは知っていたのだが右端に見える土蔵が健在であることをその時に知った。今もあるのだろうか。

1979年5月   上越線。

クロひばり。

クロの先頭車のひばりが来ると嬉しかった。なんとなく得をした気分になったものだ。

あの頃は電車の運用までは詳しく知らなかったので来るとラッキー。そんな感じだった。

此処、那須連山の見えるお立ち台は何度か通ったが今はどうなっているのだろう・・。

因みに前の晩は宇都宮駅で早朝までバルブ。眠たかったなぁ。

1979年5月   東北本線。

夏の終わりの汗かく昼下がり。

懐かしい景色の合間に改めて線路が見える場所を探してうろうろしている。

滴り落ちる汗に何度額を拭ったことか。

気が付くと稲穂が色を変え始めている。もうそんな季節かと・・・。

コンビニに寄って何本目の飲み物だろうか・・。

日陰で一息つくとやがていつもと同じように列車がやってきた。

2020年8月20日   信越本線。

本線を往く。

信越本線。

今では上野から高崎、長野、直江津そして長岡、新潟の一本ではなくなってしまった本線。

碓氷峠は無くなり、そしていくつかの3セクのバラバラになってしまった線路。

線路は続くよどこまでも・・・。昔の詩になってしまった本線に国鉄時代の生き残りが通り過ぎる。

2020年8月20日   信越本線。

晴れの陽の朝。

国上から弥彦そして角田の懐かしい山々。

西蒲三山と言われる下越の海沿いの山々。良寛さんで有名な場所でもある。

去年の4月以来訪問の越後線。昨今、鉄と地元とのトラブルが色々とあったようで、そうなると会いたくない同業者が増えているわけで足が向かわなかった。

元々お立台と呼ばれるような撮影地には近寄らないようにしているので心配いらないと言えばそれまでだがなんとなく興醒めしている自分の思考はそんな中で一歩引いてしまうのは今も昔も同じな訳で・・・。

誰もいないところと言えばある意味都合が良いのは分かっているのだけれどね・・・。

2020年8月20日   越後線。