雪の野。

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無垢の雪。

幾重にも積み重なった一番上の君たちはやがて歳を重ねる。

 

汚れもしようがかまわない。

押しつぶされそうになってもへこたれない。

 

やがて春になり天上へ帰ってゆく。

そしてまた、木枯らしが吹く頃、帰って来るんだ。

 

 

さあ、今だけいっそう煌めけ。

 

 

2011年2月19日                 塩沢~上越国際スキー場前。

 

もういちど。今風に言うとリベンジってか。

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石打駅にはシーハイルの運転日であることの手書き案内。

 

岩原16時39分・・・。

いけるな!。

 

 

たくさんの乗客を乗せて今日の陽はさようなら。

また新潟に来てね。

 

 

2011年2月19日             岩原スキー場前~越後中里

 

武尊を望み。

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上ノ原はちょうど裏側。

 

 

今でも思い出すのは・・・。

たくさんの想い出・・・。

 

 

彼の地は今、雪に覆われているだろう。

高校山岳部の冬山合宿の思い出を語ってくれ、その後上ノ原へ導いてくれた友は、どうしているだろう・・・。

 

 

この路を通り彼の武尊を仰ぎ見るたびに、あのときの出来事を想い出す。

 

 

2011年2月                      関越自動車道にて。

 

影ゆくいわっぱら。

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陽が遠く山影に隠れゆく。

 

山際の残光は一瞬の光芒を残し、今まさに暮れゆく。

 

 

列車は足回りを隠す雪に、胎動を鎮め峠を上がる。

 

 

「今日一日が終わりだと西の空がため息ついた・・・。」

そんなメロディが頭の中をよぎる。

軽くハンドルを捌いて山を降りよう。

 

 

2011年2月16日               岩原スキー場前~越後中里。

 

影森は武甲山の麓。

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三ノ輪からデキが鉱石を乗せて降りてきた。

 

 

秩父に来ると困民党のことを真っ先に思い出す。

あの頃は本当に良く通った。

不当にも、赤半纏の子と呼ばれた子孫のたちが語る彼らの歴史に耳を傾けたのは

四半世紀前のこと。

あの頃は、デキやサンパチも元気だった。

 

 

秩父はどこかふるさとの様で、青春の想い出が沢山詰まったところです。

 

 

2011年2月15日                      影森駅。

 

雪の日に。

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珍しく関東に雪が降った。

 

そうだ、八高線に行こう。

 

高校生の頃からここいら辺には良く通った。

バイクで、当時住んでいた大宮から。

冬は寒いんだよね。足の指先と手が・・。

信号待ちで止まると、エンジンにかざして我慢しながら走ったっけ。

高尾臨・・DD重連・・・懐かしいねぇ。

 

 

2011年2月15日             折原~竹沢。

 

雪原をあとにして。

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今は一面の雪の原。

夏は一面の田圃だろう。

 

秋田から山形そして新潟へ「いなほ」が往く。

 

 

数日前の寒波で運休していた。

久しぶりの疾走かな。

 

 

夏の稲穂の海が眼に浮かぶ。

また来たいところだ。

 

 

2011年2月3日               羽前大山~三瀬。

 

北前船か・・・。

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新日本海フェリー。

敦賀・舞鶴、新潟・秋田、そして苫小牧・小樽。

みんな演歌の歌詞に出てきそうな・・・。

 

荒れ狂う日本海の怒涛をも、ものともせず。

北へ南へ。

 

 

今年の雪はサンパチ豪雪以来かと、さっきのニュース。

鉄道は軒並み運休。

道路は除雪が間に合わない。

 

 

あの小さな灯り、ローリングやピッチングに翻弄されているはず。

 

舵を切れ。

進め、進め。

 

 

20111年1月30日                   新潟沖。

 

宮浜の冬。

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あの頃と同じ風。

 

からっかぜが心をすり抜ける。

 

 

足踏みしながら、あの頃の自分に挨拶をしよう。

そう・・14歳の自分に。

ゴナナにも。

 

 

ありがとう。

 

 

2011年1月7日                   鉄道写真の原点 みやはま  東大宮~蓮田。