長岡のカマ。
当時は高崎線でも沢山の長岡機関区の機関車を見ることが出来た。
写っているのはEF1520。EF16の改造を受けた後、元のEF15に戻ったうちの一両だ。
耐寒対雪仕様の面構えが関東の冬の低い日差しを浴びて、遠く上越国境に思いを馳せ
ひた走る。
待っていろよ雪や風!。
負けないぜ!。
1977年2月 大宮~宮原。
長岡のカマ。
当時は高崎線でも沢山の長岡機関区の機関車を見ることが出来た。
写っているのはEF1520。EF16の改造を受けた後、元のEF15に戻ったうちの一両だ。
耐寒対雪仕様の面構えが関東の冬の低い日差しを浴びて、遠く上越国境に思いを馳せ
ひた走る。
待っていろよ雪や風!。
負けないぜ!。
1977年2月 大宮~宮原。
宮原駅に進入する「とき」。
この頃は写真左に大成建設の大きな工場があった。
ビルも少なく、畑や雑木林が僅かだが残っていた。
駅西が大きく変わるのにはまだかなりの年月が必要の頃。
1977年2月 大宮~宮原。
急ぎ足かな・・・。
シャッターを押した。
雪が降りつづく。
1977年01月 長岡駅。
歩廊の足跡は誰のもの、たぶんその中に自分の足跡も残っている。
「とき」を隣りのホームから撮った。
長靴はいてうろうろした自分が居る。
1977年1月 長岡駅。
未だに特急と言えば「とき」と答えるほど・・・。
何と言ったってボンネット!。
スカートはシルバーじゃなくちゃ。
色、デザイン。これに勝るもの無し!。
JNRマークも誇らしく雪の長岡駅に到着する「とき」。
かっこいいねぇ。
1977年1月 長岡駅。
彼女と別れる。
何も知らない、何も出来ない・・・。 でも、初めて人を好きになった時のことは生涯忘れない。
至らない自分。大人だった彼女。
いつだって恋愛は本気だと、その後の人生で繰り返してきた。
だからこそ恥ずかしい自分が何時だっている。
ゴナナの最後を大宮駅で迎えた。
今でも恋焦がれる・・・「ゴナナだよ」。
こんな自分に想い出をたくさん残し、30年も過ぎてもう一度、鉄道写真の素晴らしさを
思い出させてくれた素てきな彼女。
鉄道写真を再会して4ヶ月。20年以上のブランクをあなたが見守ってくれました。
ゴナナよありがとう。そしてさようなら。
ふと、北の台地を旅していたころを思い出しました。
「飄々と漂うこと」の意味を訪いかけ、去って行った彼女。
あなたのおかげで旅を続けて来れました。
何処かで幸せに生きていますよう。
今でも黄色い便箋は僕の宝物です。
1977年1月 大宮駅・1102レ。