季節が過ぎる。

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気が付くと、桜の花の季節。

東京と新潟では分水嶺を境に、桜がグラフの
ピークを移動させる。

秩父の冬枯れも過ぎたようだ。
桜が散ると、一斉に若葉が多い尽くす。

冬が過ぎていく。
何かやり残したことがあるかのように、
寂しいけど冬の日差しを思い出す。

1979年12月16日の秩父。今は無き機関車

彼の住んでいるところ。

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彼の家は上高地への入り口とでも言うべきところ。
梓川へは、ほんの数分。

去年の夏に会って以来だ。

心優しき、太公望。

釣果には恵まれなかったが、何よりも一緒いて
景色の中に溶け込めただけで嬉しかった。

『心優しき彼の太公望、また!』。

雪道。

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越後川口から飯山へと抜ける国道117号。
折りしも、冬へ逆戻りしたかのよう。

地震があったあの日、発生数時間前に、
くしくも震源地を訪れていた。

『早く春よ来い』、と思う心。
アスファルトのグレーを『白』が包み隠す。

バックミラーにわずかな轍が線となる。
春間近。

土合。

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昭和6年開通の上越線『清水随道』を抜け土合駅に
滑り込む『とき』。

高校生の頃、渋川の高校の先生と知り合い、休みのたびに
誘いを受け電車の写真を撮りに行った。
先生の家に前の晩にお邪魔して、翌日、群馬はもとより、
遠く新潟・長野まで車でしか行けない撮影地へも出かける
ことが出来た。

ビールがうまいと感じたのも、その頃だった。
いろんな意味でおおらかな時代だったように思う。

秋晴れのその日のことを昨日のように思い出す。
1979年10月14日撮影。

駅。

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旅先のご馳走。
いや、どこぞに勇気を持って駅の外へ出かけることが出来ないだけのこと。

駅そばは、ファーストフードだったりする。
もちろん蕎麦そのものや、出汁は違っているけれど。

カウンターの中は、どういう訳か大概、おばさんのことが多い。

向こうはどんな客かと思っていることもあるだろう。
こっちは、どんな境遇であるのかと思ったりする。

富山駅。
「立山」の文字が真っ直ぐ見える。

百鬼園先生。

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大きな、飛んでも無い大きなソナタを、この急行列車が
走りながら演奏している。
線路が東京から新潟に跨る巨大な楽器の弦である。
清水隧道のある清水峠はその弦を支えた駒である。
雄揮無比な旋律を奏しながら走って行く。
レールの切れ目を刻む音にアクセントがある。
乗客はその迫力に牽かれて、座席に揺られながら
みんなで呼吸を合わせている様に思う。

内田百閒
「雪中新潟阿房列車より」

時間を気にせずして旅を楽しむ。
出来れば最低半日ぐらいは列車に乗っていたい。
便利なことは良いけれど飄々と漂う時間も必要です。
いろいろなことを考えながら。

雪の少ない雪国への車内にて。

ホイッスル。

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暫らく前まで、山間のこの駅には、峠のシェルパの汽笛が響いていた。

今は鉄道公園の、動態保存であるEF63のホイッスルが往時を偲ばせるがごとく、駅裏の「おぎのや」で蕎麦を啜る自分に、落ち着きの無さを与えている。

駅前のアプト時代のラックレールの傍らで・・・。ズズッズ・ズッー。