摩周湖。

本多勝一氏の著書「旅立ちの記」に、初めて摩周湖を見たときの感動が綴られている。

年齢こそ同じぐらいに自分も始めて摩周湖を見たのだけれど、本多氏のように徒歩ではなく車で、もちろん時代も進んでいて国道辻の農家も在るわけなくガソリンスタンドになっていたし湖に向かう道も舗装道路になっていた。

本多氏が見たのが夏、自分は結氷前の冬。
これはある意味正解だったのではないかと思っている。
神秘的で圧倒する「ただ眺めるだけの湖」。
俗化した展望台から眺めるのならばせめて「冬」のほうが当時とあまり変わらない感動があったように思うからだ。

今日、夏に眺めるのであれば、展望台から徒歩で外輪山を歩くだけで今でも感動はあると思う。
自分だけの摩周湖が。

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第一から第三展望台の間。

カムイッシュ。

石打のこと。

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いつも、この季節が来ると想い出すところがある。

その頃、勉強で徹夜などしたことは無かったが、夜間撮影では徹夜したなぁ。

久しぶりに、駅で許可をもらい深夜の構内でのビデオ撮影をした。

風が良いし、音もいい。
一瞬昔を彷彿とさせるものが会った。

1980年9月15日。

夏の湖。

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中越沖地震から暫らく経つ。

ここ奥只見ダムは当初36万キロワット、その後増設され現在56万キロワット。奥只見、大鳥、田子倉の各ダムの合計が、ちょうど原発一基分の100万キロワット。

夏の電力事情を考慮し、地震以降超満水だったものがここ数日放水し始めたとのことで、日に日に減水している。

流入河川の水量以上に放水するのだから、すごい放水量だ。

夏空の下、アブの猛攻で数箇所を刺され退散。

表の景色。

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幼い頃、今は亡き父と、『とき』の車窓から眺めた景色。

暫らくして、車窓の逆から列車を撮影するようになった。

ケーブルの規則正しい運動は眼を右から左。左から右。
その合間に見た景色は、結構覚えていた。

連続運動と一瞬の景色。

今、堰堤と、鉄橋の間には高速道路が走っている。
時代の流れを感じる。

原風景とはいったい。

8月になると父の十七回忌だ。

1977年8月上越線・毛登沢鉄橋の『とき』