ダイヤ改正前の一時、よく上野駅に行った。
あの頃の特急は正真正銘まさに花形だった。
高校生になったあの頃、デートの待ち合わせは駅のホーム。
「7番線の赤羽寄りのベンチで・・・」
「・・・・・」
せっかくエナメルの靴に鋲を打って、髪形も決めて、櫛まで胸ポケットに忍ばせていったのに・・・。
まぁフラれて、結局電車の写真を撮りに行っただけ。そんなこともあったっけ。
1978年9月 上野駅。
ダイヤ改正前の一時、よく上野駅に行った。
あの頃の特急は正真正銘まさに花形だった。
高校生になったあの頃、デートの待ち合わせは駅のホーム。
「7番線の赤羽寄りのベンチで・・・」
「・・・・・」
せっかくエナメルの靴に鋲を打って、髪形も決めて、櫛まで胸ポケットに忍ばせていったのに・・・。
まぁフラれて、結局電車の写真を撮りに行っただけ。そんなこともあったっけ。
1978年9月 上野駅。
上野駅では手作業によるヘッドマークやサボの交換が毎日忙しく行われていた。
無造作に置かれている「やまばと」。
まさにボンネットの「看板」そのもの。
昨今の駅構内撮影における、一部のファンによる罵声などまったく無い長閑な時代。
時代が変わったとはいえ、当たり前すら変わってしまってよいものかと思う。
つまり撮らせて頂いているわけで、ファンのために列車はあるわけではない。
列車は乗る人の為にあるのが第一であって、それを撮る者は、ある意味、傍観者である。
小さい頃、列車に向かって手を振ったあの頃の想いが、鉄道写真の原点であること
忘れたくない。
1978年9月 上野駅。
荒川の鮭つりに行ってきた
たくさんの鮭に逢えた。
松本の山ちゃん夫婦と楽しい時間が過ごせた2日間。
感謝。
冬の夕方の弱い光に輝く大切な道具。
あっ・・・塩引きと味噌漬け、醤油漬けも作りました。
ガラ汁はもう胃の中。
2009年12月2日。 米坂線が見える荒川のほとり。