川原湯を出てすぐに吾妻川を渡る、線路は左に急カーブしてゆく。
その吾妻川の鉄橋を渡る157系白根の写真が鉄道ファンの表紙だったのはもう少し前だった気がする。
長閑な山里の風景だ。
とはいっても、今この場所へ着たらその変貌振りにびっくりする。
川原湯温泉がダムに沈むと聞いたのはもうかなり前のことだ。
27年前、いずれなくなる温泉へ行こうと友人と泊まりに来た宿も、結果その後も営業を続け
僅か数年前に閉館となった。
当時、宿の人の話では、無くなる宿に設備投資はあまり出来ない、状況は非常に複雑だと心境を
語っておられた。
ダムの必要性と公共事業のあり方。
其処へ住まう人々は何時だって蚊帳の外。
そういえば、奥只見に発電用の36万キロワットのダムが出来たのは昭和36年、
銀山平に電気が通じたのが昭和45年。
1980年3月 川原湯~長野原。