ミヤハマの朝。

この年5月の飯田線撮影が終わり、さらに8月のさよなら運転も雨の中追っかけをして

旧型国電の最後を見送った。

 

旧型国電も茶色い機関車も、そして「とき」をはじめとする優美で優雅な特急色も

だんだんとこの頃を境に自分のまわりから消えていった。

それでも遠出をすれば、その後も色々と撮影できたのだろうが

テリトリーを出て撮影しようとは当時からあまり思わなかった。

もっともその頃からロクイチをはじめとする過熱したブームがやってくると興醒めしたのもその要因だったのかも。

 

 

4×5や8×10での風景写真に傾倒しこの頃から少しづつ鉄道写真から遠ざかってゆく。

 

元々、風景主体の鉄道写真が好きな自分だったから違和感はなかった。

 

 

車での移動中もいつもキョロキョロ。ここだと思えば4×5機材を担ぎ車からの往復もいとわず。8×10ともなればジッツオは重たいしレンズもでかいし。

そうして撮影が終わり車を動かし、さっき三脚を立てて乾布をかぶり撮影したかと思えば10分もたたないうちにまた同じことの繰り返し。

でもロケハンの大事さとか勇気を出して車を転回して景色をもう一度見ることとかいろいろと勉強になった。

イメージが湧かないと撮影地に行っても一枚も撮らないなんてことも普通になった。

二十歳過ぎのガキがシュナイダーだのフジノンだのとさらにはエマルジョンにCCフィルター・・・。麹町のクリエイトに顔を出すようにもなった。

今から考えると笑止千万。

 

 

いつかまた鉄道写真が撮りたくなったらその時撮れば良いと言ってくれたひとがいた。

言葉通り二十数年して上越線、八高線、秩父鉄道に戻ってきた。

 

 

今でも土着の撮影者であることを認識している。

 

 

鉄原点 ミヤハマを行くゴハチ。

 

 

1983年11月     東北本線   東大宮~蓮田。

 

 

 

冬季十石峠の想い出。

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この時期の十石峠は何年ぶりだろう。たぶん34年ぶりになるのでは・・・。

 

今もバイク乗りの大さんと来たのが最初で、その翌年に大さん高さんと来たのが最後では。

最初の年は大さんがXT250で俺がXL250R、上野村のぶどう峠分岐の橋の袂でカップラーメンを食べ、氷点下の寒暖計を眺め

全線ダートの黒川林道経由R299十石峠街道を日陰に雪の残る道を此処十石峠に立った時の感動は今もって鮮烈だ。

次の年は大さんはバイクで高さんと俺は車でチェーンを巻いて此処にたどり着いたんだっけ。

 

今回は矢弓沢林道から峠に上がって来た。

気温が思ったより高いのと雪が少なく難なく登ってきた。峠の長野県側は太いチェーンで施錠され佐久方面には

降りることは出来ない。来た道を降り、下仁田より田口峠を越えて臼田経由で川上村へと向いました。

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またみんなで行きたいよ。

 

 

2015年1月4日                十石峠界隈。

 

竹沢から折原への道。

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何度通っただろう。

今はごついゲートで車は進入できない。

この先の路肩欠損は直されないまま廃道化していくのだろう。

 

歩いてみた。

 

冬の朝、一面の霜、低く靄が垂れ込め雑木林から朝陽が差し込む。

春に向かう、福寿草が桑畑の端に咲いていた。

真夏の雲の下、峠の踏切をキハがエンジンの唸りを上げて。

アキアカネが舞う、黄金色の小さな田圃。

 

 

念想は駆け巡る。

 

 

3月に関東に戻ってきた。

大好きな県北に戻ってきた。

さぁ、季節よ、めぐれめぐれ。

 

 

2011年4月7日

埼玉県小川町 竹沢地内。